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รายละเอียดคำ

鞍埼 (給糧艦)

鞍埼(くらさき)は、日本海軍の給糧艦。艦名は宮崎県日南市の油津港の南方側にある、日南大島の南端の岬「鞍埼鼻」に由来する。 元は1928年(昭和3年)3月27日に神戸製鋼播磨造船工場(後の播磨造船所)で竣工した、北樺太石油(英: Northern Karafuto Oil

คำที่เกี่ยวข้อง

野埼 (給糧艦)

野埼(のさき)は、日本海軍の特務艦。雑役船南海として竣工、後に運送艦(給糧艦)に類別された。片桐大自の研究によれば、艦名は大分県佐伯湾の野埼鼻にちなむとされる。 軍需部の要望として、冷凍品や生糧品の補給と、漁場で直接買い付けた魚をその場で冷凍し供給する艦があった。

早埼 (給糧艦)

『昭和21年10月7日 昭和23年1月1日 復員庁第2復員局公報/昭和22年10月』。Ref.C12070540700。  『第4回対「ソ」連引渡艦「ナホトカ」廻航報告』。Ref.C08011239700。  片桐大自『聯合艦隊軍艦銘銘伝<普及版> 全八六〇余隻の栄光と悲劇』潮書房光人社、2014年4月(原著1

荒埼 (給糧艦)

にシンガポールで艦艇引渡が行われると回航員を収容し佐世保に帰港した。 第3回引渡の時は8月25日7時30分荒埼は引渡艦艇と共に佐世保を出港、28日ナホトカに到着し、同日随伴の艦艇の引き渡しが行われた。 その後荒埼は一旦米国に引き渡され、同年10月1日に指定解除され日本に返還された。

杵埼 (給糧艦)

^ 第四海軍軍需部が功績調査部へ提出した功績概見表中、艦船名の記述があったものは南進だけであり、「(前略)灼熱の地にありて我南方策戦の推進原動力として(後略)」と記している。 ^ 丸スペシャル『特務艦』p. 48では「4月18日まで修理」としているが、本艦は後述するとおり東松四号

白埼 (給糧艦)

搭載。1949年、国共和平交渉決裂により揚子江上流に取り残された国府軍艦艇のうち「武陵」を含む何隻かは脱出を試み、その際4月23日に「武陵」は座礁するも離礁でき、台湾まで逃れることができた。 1954年(または1970年5月1日)に除籍された。 [脚注の使い方] ^ #日本海軍全艦艇史下巻p.869、No

杵埼型給糧艦

船体は逓信省の鋼船構造規定に準拠し、船首楼と船橋楼を持つ1層甲板型である。船艙は艦橋前にあり、内部を仕切って獣肉庫、卵果物庫、魚肉庫、野菜庫、氷庫などを設けた。これら冷凍庫の容積は477立方メートルだった。艙口は小型の2個があり、前部マストに1トンデリック4本(「杵埼」はデリッ

間宮 (給糧艦)

用汽罐未タ御下附無之爲進水期日決定致兼候間右何卒御認許被成下度此段奉願上候也(以下略) 〕 ^ a b c #日本空母物語 236-237頁〔 加賀 〕 ^ #大正12流用 pp.2-3〔 十月三十日大臣 横鎮長官宛 旧航空母艦天城用混焼罐流用ノ件 其ノ府工廠ヲシテ旧航空母艦天城用混燃罐

フォート・ロザリー級給糧艦

フォート・ロザリー級給糧艦 (英語: Fort Rosalie-class replenishment ship)は、イギリス海軍補助艦隊の給糧艦(AFS)の艦級。2隻が建造された。ネームシップが改名しており、以前はフォート・グランジ級給糧艦 (Fort Grange class replenishment

伊良湖 (給糧艦)

伊良湖(いらこ)は、日本海軍の特務艦(運送艦)。 「伊良湖」の名は、愛知県渥美半島先端の「伊良湖岬」、及び神島の間の「伊良湖水道」がある。 海軍では艦隊随伴能力を持つ給糧艦が間宮1隻のみであることに危惧を抱いており、長らく新しい給糧艦が要望されていたが、昭和13年(1938年)度の③計画の追加分としてようやく建造が決定した。

洲埼 (給油艦)

#T8公文備考20/汽船洲崎丸登録抹消に関する件画像9-10、大正8年9月22日附『登記嘱託書 一 船舶ノ表示 汽船洲埼丸 總噸数 四千七百九拾五噸〇六 登簿噸数 弐千参百参拾五噸六四 船籍先 横濱市 一 登記ノ原因其日附 大正八年九月弐拾日海軍特務船籍ニ編入 一 登記ノ目的 登記簿抹消 (以下略)』

剣埼 (給油艦)

100トンに達していたが、従来の300トン積重油船ではその搭載に時間と労力がかかった。また重油輸送には建造中の給油船「志自岐」の他に少なくても2隻が必要とされた。そこで大正5年度の軍備補充費の雑船製造をやり繰りし1,100トン積重油船を1隻建造、翌年度以降に予算が許せばもう1隻建造するこ

シリウス級戦闘給糧艦

シリウス級戦闘給糧艦(シリウスきゅうせんとうきゅうりょうかん、英語: Sirius-class combat stores ship)は、アメリカ海軍が運用していた補給艦の艦級。イギリス海軍補助艦隊(RFA)が運用していたネス型給糧艦(Ness-class)を購入したものであった。

マーズ級戦闘給糧艦

補給物資搭載量はおよそ7,000tで5区画の貨物倉を持ち、冷凍・冷蔵食料を含む各種貨物を搭載する。補給ステーションは右舷、左舷各5箇所ある。 後部には格納庫およびヘリコプター甲板があり、ヘリコプター2機を搭載しこれを用いた貨物移送も可能である。 建造時には50口径3インチ連装砲4基(船首

洲埼型給油艦

た艦型になり、搭載量は足摺型の半分程度となった。 艦型は船首楼型で船首楼後端に艦橋を設け、その後方に前部マストを設置した。前部マスト後部の甲板上に防舷物として使用する浮船を2個搭載し、その揚げ降ろしのために前部マストも頑丈な3脚マストとして20トンの大型クレーンが装備された。また後部に門型のデリッ

補給艦

補給艦(ほきゅうかん、英語: underway replenishment ship)は、他の艦船に対して燃料や食料・弾薬などを補給するための海軍の艦艇のこと。兵站面において、長期間の艦隊行動を支える艦船である。 元来は、扱う物品ごとに異なる艦種の補給艦が整備されてきた。例えば最初期には石炭を運搬・

糧

乾(ホ)し飯(イイ)などの旅行用の携帯食。 かて。 「いかにか行かむ~はなしに/万葉 888」

糧

(1)食物。 「その日の~にも困る」 (2)精神や生活のためになる必要なもの。 「読書は心の~」 (3)旅行に携帯した乾飯(ホシイイ)。 かりて。 「ある時は~尽きて草の根を食ひものとしき/竹取」 <i>~を捨てて船を沈む</i> 決死の覚悟で戦う。 〔「史記(項羽本紀)」による。 楚の項羽が鉅鹿の戦いで, 自軍の船を沈め, かまの類をこわして, 兵に必死の覚悟を迫って秦軍に大勝した故事から〕

プロテウス (給炭艦)

プロテウスは1924年3月25日にノーフォークで退役し、1940年12月5日に除籍された。プロテウスは1941年3月8日にオンタリオ州、オタワのサゲネー・ターミナルズ株式会社に売却された。 プロテウスは1941年11月23日以降に行方不明となった。ドイツのUボートがプロテウスと遭遇したという記録は

オンタリオ (給炭艦)

2)はアメリカ海軍の給炭艦。後に工作艦に改装され、「プロメテウス」(USS Prometheus, AR-3)と改名された。 「オンタリオ」は1907年10月18日にカリフォルニア州ヴァレーホのメア・アイランド海軍工廠で起工、1908年12月5日に進水し1910年1月15日に給炭